すわ みつえ
- 1956年 千葉県海上町 (現旭市)生まれ
- 銚子市立銚子高等学校卒業
- KDD(現KDDI) に24年間勤務
- 介護の職場に転職 特別養護老人ホーム、デイサービス、訪問介護の現場に15年間携わり鴻巣市介護認定調査員を1年間勤める。
- 2015年4月 鴻巣市議会議員として初当選
- 日本共産党議員団 政策総務常任委員会 都市計画審議会委員
- 趣味:旅行、和菓子食べ歩き
- 家族:夫、義母、子ども3人(皆独立)、猫
1956年 関東平野の北東部 千葉県海上町で誕生
1956年3月27日、私は菓子職人の父・専業主婦の母の三女として生まれました。
田園風景の広がる農村地帯で父は和菓子を作り販売をしていたそうです。私が生まれる頃は商売をたたみ職人として働いていました。生活は苦しく母は保育所の手伝いや内職をして家計を支えていました。
貧しいながら夏は海水浴にいき、父の両手につかまり泳ぎを教えてもらった記憶があります。
母は誰にでも気遣いができ、近所のお年寄りがよくお茶のみに集まる家で私は育ちました。
1972年~1974年 高校生時代
英語が好きだったのでECS(英会話クラブ)に入部 文化祭ではマクベス夫人を熱演(冷や汗もの)しました。
また、家庭科クラブに所属し文化祭では手作りキャラメルを販売し、作ること・販売することの楽しさを満喫しました。生物科では赤点を取り補習を受けることもありましたが概ね真面目な高校生でした。
中でも社会科の先生と出合えたことが、社会の仕組みに目覚めるきっかけになりました。日本の軍事費が突出して伸びていること、高度経済成長で農村部はじいちゃん・ばあちゃん・かあちゃんの3ちゃん農業になっていることなどを学びました。このことが後に社会を見る目の原点となりました。
1974年~1998年 KDD時代
高校卒業と同時に国際電信電話の会社に入社しました。親元を離れ東京で独身寮での生活が始まりました。5階建ての男子禁制の寮で、引っ越しの時に義兄が荷物の運び入れをしていると早めに出るように注意を受けました。2人部屋(1年後に1人部屋)の他、食堂・レク室・浴室・パントリー・洗濯室等の共用部がありました。同期入社した友と仕事や夢を語り合った青春の場所でした。
職場は国際電報の送受信サービスを担っていました。当時は独占企業でした。仕事ができ労働条件の改善に熱心、山やスキーの遊びも一流、そして経済学の勉強もするような先輩に出会ったことが、日本共産党との出会いでした。働く者が報われる社会にと22歳で入党しました。
その後、会社の同僚と結婚し、先輩たちが勝ち取った産前産後の休暇や有給の育児時間を取りながら3人の子どもを働きながら育てました。
KDDが国際通信だけでなく国内通信も行なうためDDIと合併をする際に退職をしました。
1998年~2014年 介護職時代
初めてハローワークに通い求職活動をしました。福祉の仕事をしたいと思い、ヘルパー3級2級を受講し資格をとり、地元の特別養護老人ホームにパート職(1日8時間の月~金)につきました。
食事・排泄・入浴すべてに介助が必要な方ばかりです。入所者の「ありがとう」の言葉が胸にしみました。特養から訪問介護のサービス提供責任者、居宅介護のケアマネジャとして介護の現場に携わる中で、お年寄りが安心して過ごせるようまた介助する職員が安定した生活が送れる賃金となるような制度にしていきたいと心から願ってきました。
2015年4月26日 鴻巣市議会議員に初当選
市民の多くの皆さんから市民の声が届く住民本位の市政にしてほしいとの声で議会へ押し上げていただきました。
「くらし・福祉・教育がもっとも重視される市政」にするために全力で頑張る決意です。




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